MiyabiNight29
松本は手際よくふたつのロックグラスを並べた。
あんたかと聞いたらそうだと答えた男は、よく見れば確かにあのクラブでたまに見かけた男だった。
今まで松本に気づかなかったのは、大野の確かな記憶としては、3104ととして出会ったのはもう2年近く前のことで、さらに髪の色も服装も当時と違っていたからで、二宮を通じてしか会話もしたことのなかった間柄だから、やむを得ない。
対して大野はおそらく季節が同じなら2年前と変わらぬ服を着て、変わらぬ髪型だから、大野が初めて来た日に松本がすぐに気づいたのは、当然だった。
あんた、変わらないね
気づいてたんなら、なんで言わなかった
面白そうだったから
何がだよ
あんたがカズを追っかけてるの
大野は思わず出た舌打ちを隠しもしなかった。
あいつの連絡先は?
だから、それは知らないって言ったじゃん。あいつがここに来たのもほんとに偶然
にのはあんたに気づいたろ?
多分ね。だから、カズはもう、ここにはこないかもしれないぜ?
そうかもしれない。
それでも、また、大野と二宮は出会い、その場所にまで現れたというなら、それはやはり運命だと思うのだ。
やり直したいんだよ
大野がグラスの氷を転がしながらそう言うと、松本はそれまで浮かべていた笑みを引っ込めて、
やり直せるかよ。人が一人、死んでるんだぜ?
あいつのせいじゃない
そうかな
松本は、氷の向こう側のように透きとおった目で大野を見ると、
じゃあ、あんたのせいかもしれないな
そう言って、カウンターから取り上げたスマホを操作すると、一枚の写真を探し出して、大野に見せた。
写真を見た大野は、受け取ったスマホを危うく落としそうになり、松本は買い替えたばっかなんだ、壊さないでくれよと大野の手から取り返した。
大野は、画像が残像になって脳裏に貼り付いてしまった不快感に吐き気を覚えながら、松本がその写真を持っている不思議、それを大野に示した意味と、あのクラブのオーナーが死んだのはあんたのせいかもしれないと言った意味を考えた。
カズは、あんたを守りたかった
え?
だからあの火事の日、オーナーからの呼び出しに応じたんだよ
そして、オーナーは炎に巻かれた。
それで、あんたを守ったつもりだったのに、結局、全部手放すことになった、ってとこまではあんたも知ってるんだっけ?
お前、何を、どこまで知ってんだ?
大野は、手のひらをぎゅっと握って拳を作った。そうしていないと、松本に掴みかかってしまいそうだった。
まぁ、今日はここまでにしようよ
松本は、スマホをジャケットの内ポケットにしまうと、
来ないと思うけど、カズが来たら連絡する。ふたり揃って聞くって言うなら、ほんとのことを教えてやるよ
そう言って、グラスの酒を飲み干し、もう話は終わりだ、とばかりに背を向けて、また鏡を磨き始めた。
大野も、その方がいいと思った。
少し時間をかけて、時を遡ったほうがいい。
二宮と大野の間に起きたあの出来事に大野の知らない真実があるなら、二宮が大野の前から突然に消えた理由はそれしかないのだ。
そして、鍵は松本が握っている。
役者が揃って焦りは消えた。
大野は店から出ると、いつもよりもさらに背中を丸め、自分のつま先ばかりを見て、通りを歩いた。
傍から見れば力なくうなだれて見えても、それは大野にとっての戦闘態勢だった。